大平富義のブログ - 株式会社リモデルハウス

おやじの山仕事・お盆です

投稿日:2018年8月10日 | カテゴリー:りふぉーむやの思い

お盆が近づき40年前に亡くなった父親のことを思い出しました。

父の主な仕事は山仕事でした。吉野地方では「山行き」仕事と言われていました。

私が小学生のころはトラックも今ほど多くなく、道も整備されてなかったので山からの

木材の搬出は人の手が中心でした。山からの木材の運搬は、木馬(きんま)がありました。
木馬とは、けもの道に線路のように枕木を並べて道を作り、その上を木そりに木を載せて

運搬する道具です。小さな谷には丸木橋をかけますが、スピードが出る急な下り坂では、

木にワイヤーを巻きつけてブレーキを掛けます。厄介なのは上り坂です。なるべく下り

勾配になるように道をつけるのですが、時々上り勾配になります。その時は人の手で押す

しかありません。子供の力も必要だったようで、その木馬を押したことがありますが、

危険な場所では「あっちにいっとり」と制止されました。

 

急斜面の木材を集めるのに集材機があります。 伐採した木を曲がりや節の位置等を考えて

2m、3m、4m等に切り分けます。その木をワイヤーで巻きつけ頂上近くの1箇所に集める

機械です。 その場所からトラックの通る場所まで運搬するのがロープウェーです。
幼いころ家の近くでこのロープウェーを良く見ました。父もこの仕事にも携わっており、

たいへんな作業だと幼心に思いました。道のない山のてっぺんまで機械と道具を運ばねば

なりません。 そしてワイヤーを張る作業です。今のようにヘリコプターがあれば時間が

かかりませんが、当時は大変だったと思います。それ以上に難しいのがロープウェーの

ワイヤーを張る作業です。まず両端を支えるアンカーの設置です。
丸太でアンカーを作りそれに巻きつけるわけですが、学問的に計算するわけでなく、長年の

経験とカンでそれをやってしまうすごい技術、技能だと今でも思います。

ある時期からこのような仕事をする場合、免許がいるようになったらしく、新聞以外めったに

読まない本を読んでいた父を思い出しました。
その父も40年前に亡くなり、現在の山や木の現状を知りません。生きていたら相当落ち込み、

嘆くことでしょう。

山仕事をする人なし。山に投資する人なし。木の値打ちなし。山の値打ちなし。限界集落の増加。
政治の無策がここにあるように思います。

今は大規模な伐採の場合ヘリコプターで運搬するのですが、使用料が高価で高値で売れる木でない

と採算が取れないそうです。山と木を育てるには長い年月がかかり、相当な先行投資となります。

 

他の産業のように国の施策で、治水と防災名目で支援していただければ良いのになと思います。

わが実家も数か所の山がありますが、昔は財産でしたが今は世に言われる「不動産」から「負動産」

になってしまいました。山と木を長年守ってくれたご先祖さんに申し訳ない気持ちです。